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2013-04-10 10:28 | カテゴリ:舞台衣裳
こんな事、言っていいのかなぁと思いながら、久々にブログ巡りしたら言わずにはいられなくなったというか、なんというか…。

あくまでも盛大なひとり言。




舞台演出って最終的には、作り手の超個人的な趣味でその善し悪しが決まるのかなって思ってるところがある。
自分自身の経験上(主に舞台衣裳を通した舞台演出・大ホールクラス)、もちろんその作品の題材やら時代背景、心情なんかを総合的に鑑みたうえで舞台演出がなされるものなんだけど。
ステージセットだったり、衣装、照明、映像…それらが全て合わさってるからこそ、舞台ものって「総合芸術」って言われるんじゃないかなって、思うわけですよ。
もし、それらの全てが別々の方向を向いて、バラバラだったら素晴らしい舞台にはならないわけだから、もちろん観客に感動を与えられることなんてないと思う。
でも、もし、すべてが別々の方向を向いてるんじゃなくて、その中のひとつにズレがあったらどうなんだろうと…。
作り手の意図なんて、残念ながら観客が正確に判断できる材料はないんじゃないかなって思うこともあるけど、その作品のテーマから、ある程度の方向性は絞り込めると思う。けど、もし、観客がその作り手に間違いがないと信じ込んでしまっていたら?
到底、そのズレには気づくこともないだろうし、逆に“新しい”と勘違いしてしまうかもしれない。
もし、一見、その作品のテーマに沿ったような演出であったとしても、その作品を潰すような演出だとしたらそれは演出として逸脱したものだと思うし、ズレなんだと思う。だけど、観客はその演出を初めて見ることで“新しい”と感じてしまう。…作り手を信じている上に、その作品の本質を理解していなければ…。
もし、その作品の本質を見ていれば、理解していれば、手法や技術は別としてそれが適切なものであるか否かという判断はできるのでは…と思う。判断…というか、違和感…かな?
少なくとも違和感は感じると思う。
やっぱり、舞台芸術に関わる人もそうだと思うけど、それに魅せられる人も美的なというか、芸術センスに優れてる人が多いなっていう印象がある。だからこそ、そういう演出に敏感だし、違和感を感じてるんだなっていう発言を目にする。(個人的な感想だけど、違和感を感じてる人たちは圧倒的に芸術系の人。)
一方でその違和感を前向きに捉えている人もいるわけで…。
別に人の感性なんてその人それぞれだから、どう感じてもいいとは思うけど、その違和感を正当化して話されるとちょっとイラッとするってのが本音。
作り手のことを“いいものを作ってるハズ”っていう信念だけで、その作品に対する評価が歪められてる気がしてならない。
確かに、いい作品を作ろうとはしているだろうけど、それがとんでもない方向に行くことだってある。
それって、その作品の趣旨に合ってないよね?とかだってある。長いこと同じ作品を扱うことで、ちょっと寄り道したくなることだってある。だけど、作品に対しての演出として、それはおかしいでしょっていう違和感は絶対、どこかにあるハズだと思うんだよね。
その違和感を感じないこと自体がおかしいと思うんだけど…。
ホントにその作品の本質を見てきたのかと言いたい。
それと同時に、作り手として暴走することも多々ある。イライラすることもあるし、どこかに突っかかりたくなることだってある。
だけど、それをね、観客に向けてはダメだと思うわけ。
ちゃんといい歳のオトナなんだからさ、観客に向けて暴走したらさすがにもう、どうかと思うの。
難しいかも知れないけど、作り手は常に観てくれてる人たちに対して、最上の作品で応えるべきだと思ってる。(時々、妥協もするけれど…)
またそれを向けられたほうも、向けられたほうで、喜んでたらさすがにおかしいんじゃないかと…。
いや、そういう人だったけど、そういうこともあったけど、さすがに今ではない気がする。

前衛的に捉えたいのは分かる。
だけど、なんでもかんでもいい方向へ都合のいいように解釈して捉えるのは違うと思ってる。
その作品には、捻じ曲げることのできない本質があって、それに伴うすべての演出がその本質に沿ったものでなければならないと思うから。もし、作品自体を潰しかねない演出だったら、演出自体がいらない。
ステージの上で体一つで表現したほうがマシだと思うもの。

結局、作り手も観客もその演出の善し悪しなんて最終的には“自分の好みか否か”の問題だけのような気もするけど、その作品には本質があるってことを知って欲しいと思う。
ただ、作り手側が完全に“好み”だけでそういう手法が用いられたのではなくて、作品の本質に沿った結果であって、完全に“好み”だけで判断する観客と違うところなのかなと思う。
例え、その舞台の評価が好みだけでされようとかまわないけど、本質からみたらどうなのかっていうところをぜひ入れて観て欲しい。
でも、残念ながら、違和感を感じない人たちにはこれが伝わらない…。




ちょっとわけわかんなくなったけど、盛大なひとりごと。
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