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2013-12-28 10:51 | カテゴリ:日常
花ちゃんが、大学に合格しました。


天使くんのときとは違うのは、“ようやく”と言うこと。
今日までの道のりは長かった...。
少し、ホッとしています。


天使くんとは年子で生まれた花ちゃん。
実は授かった直後から切迫流産、切迫早産の危機にみまわれながら、何度も入退院を繰り返して、それでも予定日より1ヵ月早く生まれた子でした。

最後の入院は、(ダωナ)が肺気胸で入院してた時。ちょうど、外科と産婦人科の病棟が相向かいで、窓越しに会話してたと言う、どこのドラマなんだっていうシュチュエーション。
お互いの病棟の看護師の間では、「あの子達、夫婦なんだって!」と話題になってのも、もはや黒歴史...。

入院中は、ウテメリンを24時間点滴されてたせいか、陣痛がきても微弱でどうしようもない。
この日の病棟勤務のドクターは、研修医あがりの若造で、マニュアルどうり陣痛促進剤を投与したものの、胎児の心拍が急低下。
それに気付いたのは傍にいた看護師長さんで、「外来にいる医長と小児科呼んできて!」と一瞬にして戦場になったのは言うまでもない話。
そこからは、あれよあれよと言う間に分娩室に運ばれ、いきみたくないのにいきめ!の司令が下り、呼び戻された医長は私の上に乗っかってお腹を押し、助産師の資格持ってる看護師長はまだ胎内にいる子の頭をつかみに行って、生んだと言うより、引きずり出された花ちゃん。
でも、その看護師長のおかげで、無事何事もなく生まれてこられた花ちゃん。
ただ、その場に看護実習してた中学時代の同級生がいた事を後日知ることになるのだけど...。

そんな紆余曲折あって生まれた花ちゃんは、ホントにマイペースそのもの。
トトロが大好きで、自分はメイちゃんのつもりなのか、広い庭を毎日トトロ探しに夢中になってたね。

でも、なかなか言葉を発せず、2歳になっても「パパ」「ママ」「トトロ」「どこ」「いた」「ない」程度。
本気で心配したけど、幼稚園入園と同時にベラベラ喋りだして、お喋り花ちゃんに変身。
家族の誰もが「ホントは喋れたの?」ってびっくりしてたよね。
今まで、いちばん赤ちゃんだった花ちゃんは、幼稚園でお手伝いとお世話を覚えて、一気にお姉さんらしくなったんだったね。

そして、始めたバレエ。
ホントに長い道のりだった。
小学校4年生でポアントをもらって、ソリストになったのは中学1年生。
なかなか思うように踊れず、円形脱毛症になったこともあったよね。
体調もままならないようになって、中学2年生の時、この発表会で一区切りつけようと臨んだドン・キホーテ。
練習につぐ練習で、やっぱり本番の出来は満足いくものではなかったけど、涙が止まらなかった。

そう言えば、中学受験の時も休まずにバレエだけは通ったよね。
ホントによく頑張ったと思う。

それから「生きてることが幸せなんだよ」なんて、悟りを開いたようなことを口にした花ちゃんは、もうピアノを弾いてたね。

ピアノを始めて半年ほどで、ハワイの教会で伴奏デビュー。
その後も、数いるピアノ経験者を差し置いて、伴奏者や奏楽者に選ばれることがあって、思わぬ才能に驚くばかり。

この秋には、たくさんの仲間に囲まれて洗礼も受け、旅立ちの準備を始めてたんでした。

*洗礼式で頂いたお花*

そして、某音大パイプオルガン専攻 合格というクリスマスプレゼント。

家では、ピアノばっかり弾いて、まるで“のだめ”のような子。
神経質な天使くんとは真逆で、いつも兄妹喧嘩は花ちゃんの適当さと天使くんの神経質が原因だった。


天使くんと同じように、L'Arc-en-Cielを聴いて育ち、子守り歌はL'Arc-en-Cielのガラス玉で育て、初ライブもL'Arc-en-Cielなのに、全く興味なし...。
未だにメンバーの名前すら危うい...。
ちなみに、hydeは「ひで」、けんちゃんは「タバコの人」、てっちゃんは「バナナ投げる人」、ゆっきーは「パパの好きな人」と呼ぶ始末。
はいどちゃんに関しては、ある意味間違ってないけど、hideと若干間違えてる感が否めない...。

でもね、L'Arc-en-Cielの音楽自体には興味ないものの、HYDE詞を意外にも深い推測と考察で読み解く力は、ハイヲタ顔負け。
HYDEのことを「この人、神様信じてないのにね」とさらっと揶揄したのも花ちゃん。

そんな花ちゃんに今、望むことは
「HYDEが認める演奏家になって欲しい」
と言うこと。
つまり、本物になって欲しいと言うことです。

もし、いつか、HYDEがパイプオルガンを所望した時に、そのリストに名前が挙がるくらいになっていてくれたらなと思います。

天使くんの時と違って、花ちゃんの旅立ちに寂しさはありません。
もちろん、一緒に暮らせないのは寂しいけど、今は力強く歩んで欲しいという思いだけ。
よく、母親は女の子の旅立ちに、自分も歩いてきた道だから、と言う人がいますが、まさにそうなのかも知れません。
むしろ、(ダωナ)のほうが今にも泣きたい気持ちなのかな?

花ちゃんの本名には、日が輝くほうを向いて花のように華やかに歩んで欲しいという意味が込められています。
今、思うとバレエにしろ、ピアノにしろ、ステージで輝ける人なのかも知れません。

パイプオルガン、その演奏者人口は少ないけれど、本物にたどり着くには狭き門です。

どうか、花ちゃんの歩む道が華やかな輝きに満たされていますように†

花ちゃんの上にいつまでも幸せがありますように†

変な男に引っかかりませんように†

そして、離れてもいつまでも家族です。どうか、天使くんとも仲良くいてください。



この命が尽きるその時まで祈っています。
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